会話の“間”を大切にしてみよう

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会議や合宿のファシリテーションなど、人と話す機会や話し合ってもらう場を作る機会を設けた時に気をつけていることがある。

会話の「間」だ。

話と話の間に生じる沈黙の時間は、けっこう大切だと思っている。

なぜか?

沈黙の時間は、思考整理の時間である可能性が高いからだ。

  • 会話の咀嚼をする時間
  • どんな言葉を返そうか考えている時間

私は以下のようにして間をできるかぎり作るように心がけている。

  • 自分がある程度話したら(目安は、息が切れる程度)、いったん切って「ここまででわかりづらかったところはありますか?」と聞いてみて、3〜5秒数えてその間は黙る
  • 相手が息を大きく吸い込んだ時は黙る(わりと発話のタイミングなことが多い)

以前デザインスプリントをやった時の反省があるためだ。

意外に会話の場では、発話だけが重視されて「何も発しないこと」が大切にされていない気がする。というか、多くの人は「何も会話がなくなる時間」を怖がっているように見えることがある。

「発話」の対義語を調べてみると「(電話の操作として)終話」という言葉が出てくる。

電話ではなくても、もしかすると話が発しない時間が生ずると「終わってしまう」という感覚を持つ人がいるのかもしれない。

話を途切れさせないために、相手からすぐに返答が返ってこない時に、補足で話を継ぎ足し始める人をよく見かける。

相手がやっと話そうとした瞬間にそれが被ってしまって、何も気にせず相手の発話を遮って話す人もいる。

自分が話し続けることが、それが相手にとってのおもてなしだと、それが最善なのだと考えているように見える人もいる。

それはそれでありがたいことではあるのだけど、私はあまり頭の回転が速くないので、

相手の言うことを理解して、わかったこととわからないことを整理して質問を作って、質問をするまでに少し時間が必要なこともあるし、咀嚼して自分の言葉に翻訳する時間がほしい。

または相手に「こういう理解をしたよ」とフィードバックをするための時間がほしい。

個人的に、良かったなと思う場には良い間があったなと感じることが多いし

いまいちだったかなと思う場には、悪い間があるか、間がなかったなと感じる。

会話の中で間を作らないように常に何か言葉を発している人は、間があってもいいのだと、相手にとって間は必要なものなのかもしれないと少しだけ思いを馳せてもらえると嬉しい。